自己実現がすべてを最適化する仕組みを知る

ゲスト・スピーカーの話を聞いて涙がでそうになったり、鼻水が垂れたことはこれまでなかった。だが、クレイマー教授の授業「マネジェリアル・リーダーシップ」のゲスト・スピーカーの話を聞いて、鼻水が垂れた(鼻を拭きつつ話を聞いた)。なぜか。

ゲストはカレン・メイ(Karen May)クラフト・HRトップ。カレンは、プレゼンがうまく、人の心を惹きつけるのがうまい。一流のエンターテイナーだと感じた。それでいて、ビジネスの本質を知っている。そこにまず共感した。

彼女は、「自分が好きなものを見つけることが最も難しい課題」と述べ、さらに共感が深まった。また、「スピーカーとして学生に話す機会は好きで、だからここにいる」とも述べた。「好きだからやっている」ということには、深い真実味がある。マーケティングのジュリー・ヘネシー教授も、「マーケティングを学生に教えるのが好きでたまらない」と述べていたように、授業が面白い教授は大抵なんらかの形で、こうした思いを持っている。だから自分は人が「好きだからやっている」かどうかをその人の真実味を量る一つの物差しだと考えるようになった。

しかし、鼻水が垂れたのは、話の特定の部分だ。ポイントは、彼女が自分の好きなものを見つけ、固定観念を捨て、自分を解放し、努力し、正直であったことが、人との関係をより良い方向に変え、プロフェッショナルとしても成功し、彼女自身を幸せにしたということだ。

最近「もしドラ」を読んで鼻水が垂れたが、カレンの話を聞きながら、直観的に「もしドラ」と共通するテーマがあると感じた。その共通するところに、自分が価値を感じているものがある。

「もしドラ」で感動したポイントは、各人の強みを生かせるように調整し、各人が努力したことで、チームの力が上がり、周りに好影響を与えていくというメカニズムだった。そして、その手引きとしてマネジメント理論が応用できるということだった。

スペシャリストもジェネラリストもいる。こうであるべきということはない。それぞれが、それぞれの長所を追及し、短所を補い、協力していくことで、すべてが最適化されていく。それを実現するには、自分自身に対する理解、責任、努力など、まさに人としての成長が必要だ。だが、皆が成長していくことで、皆がより幸せになれる。

そして、その過程で、仕事は、搾取や労働というものから、自己実現・自己表現の方法となっていく。つまり、仕事は人が輝くための手段になる。人は労働するために生まれてきたのではなく、輝くためにある。その結果としてサービスや物が提供され、消費されていく。とすれば、世の中はなんてすばらしいのだろうか!と思えてくる。そこに感動があるのだ。

彼女自身は、キャリアを会計士からはじめて、バクスターのHRトップになり、現在はクラフトのHRトップとなった。バクスターの元CEOのクレイマー教授と元HRトップが並んで話す。しかも、2人の価値観にユニゾンがある。すごい世界だ。彼女の夫はケロッグ卒業生でモルガン・スタンレーのインベストメントバンカーだったが、その後マジシャンのビジネスを行った後、今は専業主夫だという。振り返れば、彼らは点を線で見事につなぎ、自由な人生を結果的に実現している。ただ、スティーブ・ジョブスもいうように、点は後でしか繋げられない。繋げられる点を打てるかどうかは、自分の人生に対する誠実性などに関わっていると思う。

なお、過去を振り返ってしか点を線で繋げられないのは、ある程度ランダムに行った選択をポジティブに生きた結果、その選択の強みを生かす形で差別化された成功が訪れているからだ。その成功の要因を分析すれば、当然、点が線で繋がっているように見える。点を線で繋ぐということは、点を打った後に、最前を尽くすことに他ならない。言い換えれば、世の中の成功の多くは計画的な要素よりも偶発的な要素に起因している。しかし、選択後の取り組みによって、偶発的な要素が成功への必然に変わっていく。

クレイマー教授に関する過去のブログ記事

http://www.kelloggalumni.jp/kellogg_life/2010/05/post-39.html

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